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6-03 殉愛

「我々は巧みに誘導されているような気がしてなりません」
「蓬城静流にですか?」
「彼女の作った物語にです」
「物語?」


6th-03話「蟷螂たちの幸福」


今週の『相棒』は心中モノでした。

夫の、妻の居ない世界は耐えられないという嘆き、妻の、夫の気持ちを無駄にしないために取った(取るしかなかった)行動。引き込まれるものがありました。



今週の話で、もし一番いつもの『相棒』らしい「ひねくれっぷり」とか「ある種の毒」だとか「えげつなさ」があったものを挙げるとするならそれはもう間違いなく

「愛した人に自宅で自殺される妻役に荻野目慶子、誰かに拳銃で殺されたように見えて実は自殺だった夫役にまた江藤潤をキャスティングした人」

だったと思うのですが、それはまあさておき
(台本とキャスティング決定の後先なんかの関係は「プロット→キャスティング→台本」だとか「キャスティング→台本」だとか色々あると思うのですが、どちらにせよこの脚本にこのキャスティング選んだりオッケー出した人、というような感じで)

『相棒』はどちらかというと他のドラマと比べると脚本的なこと主体で語られることが多いドラマなんではないかと思うのですが、今回の話に限ってはなんとなくなんですが脚本側は一歩引いて、荻野目慶子さんと江藤潤さんのシーンの演技を素直に見れるように「巧みに誘導されているような」印象を受けました。そして、それに乗っかるのもまあいいかな、と思わせてくれるようなスマートさとかお二方の熱演とか。

なかなか「印象」を上手く説明するのは苦手なんですが、推理は視聴者が先を読めるように、演出もそれを強調するように(特に口紅なんかが顕著でしたよね。水飴の謎を鑑識さんから報告してもらったすぐ後に、あんな荻野目さんが真っ赤な紅を塗るシーンなんて入れたら、鈍い自分にも注目しろ意識しろとわかります)、そうして、真相判明シーンでは妻と夫の関係に対して「驚き」ではなく「納得」の方向に向くように、そういう舞台をセッティングして、『相棒』らしい最高のキャスティングで演じます、この演技を余計な予断を抱くことなく見てくださいよ、と、そんな様な印象を受けたのでした。

後追い自殺なのに先に自殺した夫とか。

自殺を他殺に見せるために自殺に見えるように偽装するとか。

今はまだ夫しか死んでいないけど実質心中だとか。

本人たち同士にとっては他人が思うような関係ではなかった夫婦仲だとか。

他にも諸々今回の話は表面的なことだけをいえば『相棒』らしく実に色んなところがねじれまくっているはずなのに、そのどれもを感情的にも事件物語理解的にもストレートに受け入れられるように、そして作り手がそうしようとしている事を視聴者に気付かれるであろうという事もわかっていながら、それでも今回の「キモ」の部分を見てくれ損はさせないから、という製作側の心意気やら、「押す」部分と「引く」部分の関係が非常に収まりのいいバランスを取っていて、なんだかとても素直な愛の形みたいなものを見せられたような気になったりしたのでした。

やっぱり心中モノは純愛って事っすかね?

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